トップページ > 犬猫の病気
以下内容は、以前、「読売ペット」などの雑誌に院長が取材を受け掲載された内容です。
その当時の内容であることから、最近の知見などの詳細は長村までお問い合わせ下さい。
腰骨と腰骨のあいだには、骨同士がぶつかって欠けてしまうことがないようクッション剤がある。ちょうど電車の連結部のゴムのようなもので、「椎間板(ついかんばん)」といわれている。
この病気は実はいまはやりの「ダックスフント」にこの病気が多く、その理由については、遺伝的に椎間板の髄核が石灰化を起こしやすい(つまりもろくヘルニアをおこしやすい)犬種であるためと言われている。
ダックスを飼っている以上、ヘルニアの可能性ととなり合わせということになる。発症年齢は4~6才がピークであるが、ダックスだと2才ぐらいから発症する。
症状は大きく2つにわけられ、時間をかけて少しずつ進行するパターン(この場合は痛みのせいか、どことなく元気がない、
散歩に喜んで行かないなどの漠然とした症状が多い)と突然腰が抜けたり、後ろ足が動かなくなった、ひきずるなどの症状がみられるパターンがある。
はじめの場合だと2~3日で痛みがおさまることがあり飼い主さんは病院にいくほどではないかもしれない。このときに大事なのは「絶対安静」が必要で、散歩に行かないのはもちろんのこと、ケージの中でずっと安静にし嵐がすぎさるのを待つしかない。
この場合でもサークルの中で立つことができるのか、歩けるのかを必ず観察してほしい。運悪く、もろくなった椎間板がいっきにつぶれ神経(脊髄)を圧迫すれば(後者の場合)、一気に足が動かない麻痺となる。簡単にいえば座禅をくんだときの足のしびれのようだが、あしの先の細い神経とは違い、おおもとの神経の束である脊髄だと致命傷になりかねない。
一時的なものであれば後述の手術でよくなることがあるが、神経細胞が完全にやられてしまうと車椅子生活を余儀なくされる。また排尿がしずらくなったり足先の皮膚が炎症をおこしたり厄介になる。
麻痺になった場合、治療(手術)は早ければ早いほどよい。明日やあさってではなく、数時間以内の対処が必要なことがある。神経病のエマージェンシー(緊急疾患)と考えてほしい。
胸腰椎部(ちょうど背中の真ん中くらい)の椎間板ヘルニア(この場所に85%がおこる)の場合、症状の重症度によって病院では1-5段階(グレード1-5)に分けている。
1段階(グレード1)は痛みがあるため歩いたり走るのを嫌がる場合だがまだ歩くことはできる。
2段階(グレード2)になると酔っぱらいのように歩くが少し歩くとすぐに座ってしまう、倒れ込んでしまう状態である。
3段階(グレード4)以降になると、専門的に獣医師がみないとどの段階かわからないが、犬は完全に歩くことはできない。
とくに4段階(グレード4)は表在痛覚(あしの指の皮膚を強い力でつねるときに痛がるかどうか)5段階(グレード5)は深部痛覚(足の指の骨を強い力でつねるときに痛がるかどうか)がなくなる悪い状態である。
ただしここで注意しないといけないのがつねると足をひっこめてまるで「痛がっているようにみえる」ということでこれは本当に痛みを感じているかを表しているものではないことだ(顔をこちらにむけ怒る、キャンとなくなどがみられれば正常)。
この悪い状態というのは、緊急で手術をしても治る(歩ける)確率がどんどん低くなること、さらには6-7%の確率で「進行性脊髄軟化症」を合併することだ。
この軟化症というのは発症から10日以内に首の方にまで脊髄の病気が波及し最後には呼吸が止まって死に至る恐ろしい病気で、現在は予防法も治療法もない(かわいそうだが手術する、しないに関係なく発症してしまう。)
もし、飼っているワンちゃんの後ろ足が動けない、引きずるまたはふらつく、力が入らないようならすぐに受診してほしい。病院では、歩行の様子をよくチェックし、専門的な神経学的検査やレントゲン検査などで「椎間板ヘルニア」の疑いがあるかどうか、またさきほどのグレード分けでどれぐらい悪いのかをただちに診断する。
グレード1や軽度のグレード2であれば安静と内科治療から様子をみることが多いのだが、3以上は手術適応と考えられることが多い(特に4.5であれば緊急手術が必要)。
グレード5の場合、48時間以内に手術をうけないと回復率が大きく低下してしまうため要注意で、(しつこいようだが48時間待っても大丈夫という意味ではなく、早めに受診、手術を受けた方がよい)手術が必要と判断した場合は、ただちにCT検査やMRI検査などの画像診断をうけてもらい、診断、ヘルニアの場所、脊髄の状態などの把握をおこなう。手術は、椎体とよばれる骨を削り、脊髄を露出し、脊髄を圧迫している椎間板物質を取り除く大がかりのものである。
手術後はしばらくの間、安静入院が必要で、また入院中に神経の回復を促すためにリハビリを徹底しておこなう。大変な病気であるが、歩行可能になること、排尿が自分でできるようになること、生活の中での痛みがなくなることなどを目標に入院のなかで看させていただいている。
人でも立つ姿勢に比べて前かがみの場合、1.5-2倍の腰への負担があるといわれている。
前かがみの姿勢、たとえばソファーやベットにジャンプする、階段をのぼる、散歩で走り回るなどは日頃から気をつけましょう。
また、下半身に体重がかかるため、後ろ足がぶらぶらするようなだっこ(人間の赤ちゃんをだっこするような姿勢)は避けて下さい。
あとは太ると背骨や腰に負担がかかるため食生活を注意しスリムな体格で維持できるようにしましょう。
地球上に生命が誕生して四十億年。あらゆる生き物は、この世を生き抜き、子孫の繁栄をはかるために英知を注いできた。
その貴重な成果のひとつが、安全な母体内で胎児をはぐくみ(胎生)、生まれた嬰児を母乳で育てる(哺乳)、犬やネコなど哺乳動物の繁殖方法である。
言うまでもなく、繁殖の主役は雌犬や雌ネコたちである。ちなみに広辞苑の〈め【雌・牝・女】〉の項には、「@卵を生み、または子を孕(はら)む器官をもつ生物」とある。
その貴重な「卵」をつくる器官を「卵巣」といい、「子をはらむ」器官を「子宮」という。
今回は、この「卵巣」と「子宮」にかかわる病気についてとりあげるが、その前に、卵巣と子宮の絶妙な連携プレイによる妊娠のメカニズムについて簡単にふれよう。
性成熟した雌犬の卵巣では、脳下垂体から分泌されたホルモン(伝達物質)の指令で卵胞ホルモンがさかんに分泌され、卵胞のなかで「卵」が成長。成熟すると、卵胞から卵が旅だっていく(それを「排卵」という)。ついでにいえば、この「排卵」がおこる時期を「発情期」という。
排卵がおこると、卵胞は「黄体」となって、妊娠準備をおこなう黄体ホルモンを分泌しはじめる。排卵された卵が、交尾によって体内に入った精子と出会い(受精)、受精卵となって卵管をくだり、子宮に到着。
受入れ準備をととのえた子宮内膜に着床し、以後、受精卵は細胞分裂をくり返して胎児に成長する。
ふつう、雌犬は七カ月周期で「排卵」(つまり発情)をくり返す。この発情期に受精しなかった場合、妊娠準備をととのえた子宮内膜に、細菌感染・繁殖の「隙(すき)」ができるのである。
中高齢期の雌犬にとりわけ多いのが「子宮蓄膿症」である。これは、子宮内に侵入した大腸菌などの雑菌によってひきおこされる病気だ。
ふだん、子宮内は体の免疫のおかげで、無菌状態にある。
ところが、雌犬の性周期のなかで、卵巣の卵胞から成熟した「卵」が「排卵」されると、子宮内膜では、受精卵を着床させるために、細胞分裂がさかんになって内膜がぶ厚くなり、受精卵の栄養となる「液」をたくさん分泌するための「子宮腺」が増えていく。この時期、子宮内は、雌犬にとって「異物」である精子とむすびついた受精卵を守るために、免疫機能がいくらか弱くなる。
そのとき、子宮内に侵入した細菌がいれば、受精卵の代わりに、免疫力が弱く、さらに栄養分に富んだ子宮内膜にもぐりこみ、繁殖をはじめる。そうなれば、子宮の内膜が炎症をおこし(子宮内膜炎)、さらに化膿がひどくなり、膿がたまっていく。(子宮蓄膿症)
この時期、子宮の入り口は、本来なら、内部に入る精子をとどめ、受精卵の着床を助けるために、閉じられている。そのため、細菌と膿を体外に排泄できず、子宮内での炎症・化膿がさらにひどくなるのである。
もちろん、雌犬が若く元気で体力もあり、免疫力も強く、ホルモンバランスもよければ、たとえ受精しなくても、すぐに子宮蓄膿症になるわけではない。
歳をへて、中高齢期になると、活力も体力も免疫力も低下する。そうなれば、なにかの機会に膣から子宮に侵入し、子宮内で身をひそめていた大腸菌などの細菌の働きが活発化する場合がある。放置すれば、子宮内膜炎から子宮蓄膿症へと病状が悪化。大腸菌などが出すたくさんの毒素が体内にまわって、腹膜炎や腎炎、肺水腫、さらに腎不全など多臓器不全で一命を落としかねないのである。
宮蓄膿症になれば、体内に毒素がまわらないうちに、できるだけ早く外科手術で子宮と卵巣を摘出するのがもっとも確かな治療法である。
子宮蓄膿症で子宮内に膿がたまりだすと、オリモノがある場合も少なくない。(もっとも、二、三割は子宮の入り口がしっかりと閉じていてオリモノが出ない)
また、毒素が体内にまわりだすと、食欲不振や下痢になりやすい。化膿がひどくなると、発熱をともない、水をがぶ飲みすることも多い。さらに膿がたまると、下腹部がふくれてくる。そんな症状に気づけば、すぐにかかりつけの動物病院で、血液検査やレントゲン検査、超音波検査などを受けて、症状を確認。すぐに外科手術で膿のたまった子宮と卵巣を摘出してもらえばいい。
万一、高齢で麻酔をかけられない場合など、(卵胞)ホルモン注射で子宮の収縮を促進して膿を体外に押し出す方法もあるが、ホルモン注射をすると、血圧を上昇させ、心臓に悪影響をおよぼしたり、急に子宮がはげしく収縮して破裂する場合もある。十分に注意することが必要だ。
一般的に、お産の経験がなく、また生理不順などホルモンバランスのよくない雌犬が歳をとると、子宮蓄膿症になりやすい。
そのほか、卵巣・子宮の病気では、たまに腫瘍になるケースもある。もっとも、雌犬の卵巣腫瘍では、悪性腫瘍、つまりがん化するものはそれほど多くない。また、ふつう子宮筋腫という名で知られる、子宮の平滑筋腫もときにはみられるが、その九割ほどは良性で、悪性の平滑筋肉腫となるのは、ごくわずかである。なお、子宮筋腫が大きくなると、直腸を圧迫して便秘となったり、膀胱を圧迫して、しばしばオシッコをしたりする。おかしいと感じたら、念のため、検査を受けたほうがいいだろう。
犬やネコ、人間など動物の体は、体内に入ったどんな栄養分、ミネラル、水分でも、利用できるものは、徹底して小腸と大腸で消化・吸収し、利用する。
だから、小腸に流れ込む水分(食べ物や飲み物の水分と、さまざまな消化液)も、小腸と大腸でそのほとんどが吸収され、犬やネコが正常な状態なら、ウンチとともに排泄される水分は、わずか2%ほど。
体重20kgの犬で約50ccという。しかし、なんらかの原因で、小腸や大腸の働き(消化・吸収)がうまくいかず、わずか10ccほど水分が余分に排泄されると、ウンチは液状、もしくは液状に近い状態となる。それが「下痢」である。
食欲旺盛な犬の場合、下痢のひきがねとなりやすいのは、「食べすぎ(異物の飲み込み)」だ。いつもよりたくさんフードを食べる。
いつもと違うフード、あるいは人間用の食べ物を食べる。ボールを飲み込む。腐った食べ物を拾い喰いする。そんなとき、腸が食べ物や飲み物をうまく消化・吸収できないと、下痢をするわけだ。
もし、愛犬が下痢をしても、元気で、吐き気もなければ、一過性の下痢の可能性が高く、それほどあわてることはない。
飼い主は、昨日・今日の食生活をふりかえり、フードの与えすぎか、急に新しいフードに変えたためか、散歩のとき、拾い喰いしたせいか、原因を見きわめ、半日か一日、絶食して、腸を休ませる。それだけで、すっかり良くなることが多い。
なお、絶食のあいだ、下痢のため不足しがちな水分やミネラルを補うために、水のかわりにナトリウムやカリウム、糖分をふくんだスポーツドリンクを利用するのもよい。
また、室内暮らしの愛犬(とくに小型犬など)の場合、いつも一緒にいる飼い主が留守がちになったり、家庭に赤ちゃんが生まれて、家族の関心が愛犬から離れたりすると、精神的な不安定、ストレスから下痢になることもある。生活環境の変化に要注意である。
下痢がひどく、愛犬がぐったりして、食欲がない。下痢がとまらず、食べても食べても、やせ、おとろえる。
また、下痢に吐き気、嘔吐が加わる。こんなとき、腸内にたくさんの寄生虫や原虫、ウイルス、悪玉細菌、あるいは悪性腫瘍、つまりがんが増殖していたり、胃腸や腎臓、肝臓、膵臓などが重い病気にかかっていたりする恐れがある。
「下痢だから、大したことはないだろう」と軽く考えず、動物病院で検査を受け、病因を確かめて、適切な治療を受けたほうがよい。
腸をすみかとする寄生虫には、ミミズを小さくしたような回虫、細長いくびれのある条虫、キバをもつ鉤虫(こうちゅう)などがいる。
散歩のとき、愛犬が寄生虫のタマゴのまじった犬やネコのウンチにふれ、体をなめたときに口の中に入ったり、あるいは瓜実(うりざね)条虫のように、ノミを媒介に犬やネコに感染したりする。
体力、免疫力の弱い子犬や病弱な犬だと、腸内に住みついた寄生虫はどんどん増えて、腸に入った栄養分を横取りし、栄養失調になりかねない。
キバをもつ鉤虫なら、口からだけでなく、皮膚に穴をあけて体内に入り、腸にたどりつくと腸壁にかぶりついて血を吸う。
文字どおりの「寄生虫」なのである。治療法は、動物病院でウンチにふくまれるタマゴがどの寄生虫のものかを検査してもらい、それに合わせた駆虫薬(虫下し)を飲ませればいい。
ワクチン未接種の子犬に感染して、命をうばうウイルスには、パルボやジステンパーなどがある。
これらのウイルスはパワーが強く、腸に入れば、腸の粘膜を破壊して、ひどい腸炎をひきおこす。
そうなれば、栄養を吸収できず、出血がとまらず、急激に体力を消耗し、また病原ウイルスが腸壁から侵入して、あちこちに障害をもたらし、あっと言う間に死にいたる。
子犬の免疫力が強ければ、一命をとりとめることもあるが、それ以外に有効な治療法はない。
わが家の子犬がワクチン未接種なら、できるだけ早めにワクチンをうけ、感染の恐れのある戸外に連れ出さず、また健康管理に十分注意して、体力、自己免疫力を維持することが大切だ。
愛犬が慢性的な下痢になやまされている場合、悪性腫瘍(がん)などの病気がひそんでいることも少なくない。
がんが腸をおかすと、腸は消化・吸収という大切な働きができず、食べ物や飲み物は、そのまま下痢便となって体外に出る。
しかし小腸や大腸に取りつく、腺がんやリンパ腫などのがんは、レントゲン検査や血液検査で診断することがむずかしい。
お腹にしこりを感じ、超音波検査や開腹手術などのくわしい検査をして、はじめてがんかどうか、どんながんか診断できるのである。
そのうえ、がんを検出しても、もはや手遅れで、効果的な治療法のないケースがほとんどだ。
抗がん剤などでがんの増殖をおさえ、残された命を安らかにすごさせる努力を続けるほかはない。
そのほか、体の免疫をつかさどる白血球のひとつである好酸球やリンパ球などが腸の細胞のなかで過剰に働きすぎて炎症をおこす病気、あるいは、栄養分を小腸から心臓に運ぶリンパ管が異常をおこし、必要な栄養分を取りこぼす病気などで、下痢と栄養失調に苦しむこともある。
とにかく、下痢が続くと、何よりも脱水症状がひどくなり、子犬や老犬、病弱な犬なら、すぐに水分とミネラルを補給してあげないと、一命にかかわる事態になりかねない。人よりずっと小柄で、体力のとぼしい犬やネコにとって、「下痢」は意外に恐ろしい病気である。
「おかしいな」。うちの愛犬は室内飼いで、散歩の時もリードを付け、外で放したこともない。
この前の発情期に、近所のオス犬と遭遇したこともなかった。
それなのに、このごろ、乳腺が張りだして、ついにはお乳まで出始めた。
「妊娠していないのに、どうして…」。そんな現象を「偽妊娠」という。
では、偽妊娠とは何だろうか。
人の場合、一般に「想像妊娠」と言われるものがある。
例えば、「ぜひ、赤ちゃんがほしい」。あるいは「妊娠したら困るんだけど…」。
そんな強い思いが女性の性ホルモンの分泌を刺激し、実際は妊娠していないのに妊娠したと思い込み、生理が止まり、つわりが起こり、乳腺が張ってと、妊娠時の体の変化と同様のことが起こってくる。
しかし、検査して妊娠していないことが分かると、すぐにそれらの現象が消えてしまう。想像妊娠はあくまで人の“思い込み”が誘発する現象なのである。
しかし、犬の場合、「ぜひ、赤ちゃんがほしい」とか「妊娠したら困るんだけど…」と思いつめ、さらには自分が「妊娠したに違いない」と思い込むとは考えにくい。
犬の偽妊娠は、犬の思いとは無関係に、実際は妊娠していなくても、妊娠したのと同様の体や行動の変化が起きることである。
なぜそんなことが、犬の場合、起こりやすいのだろうか。
偽妊娠を知るには、犬の「性周期」と「妊娠のメカニズム」を知ることが大切である。
性周期と妊娠のメカニズム
メス犬は、生後約半年から10か月ぐらいの間に、「性成熟」に達し、妊娠可能な「初発情期」を迎える。
以後、約半年から10か月周期(性周期という)で「発情期」を繰り返していく。
メス犬の性周期は、「発情前期(9日前後)」「発情期(9日前後)」「発情休止期(60日前後)」「無発情期(発情休止期と発情前期の間の期間)」の4段階で成り立ち、その周期は、脳下垂体から分泌される「卵胞刺激ホルモン」や「黄体形成ホルモン」、「乳腺刺激ホルモン」と、卵巣から分泌される2種類の女性ホルモン「卵胞ホルモン(エストロジェン)」と「黄体ホルモン(プロジェステロン)」の働きに基づいている。
発情前期
発情前期とは妊娠準備期間にあたり、脳下垂体から卵胞刺激ホルモンが分泌されて卵巣からエストロジェンが活発に分泌され、外陰部が膨らみ、卵巣内の卵子を発育させ、子宮内膜が充血してぶ厚くなる(この期間、子宮内膜の毛細血管が切れて出血することがある。
一般に、これを「犬の生理」というが、人の場合とはまったく異なる)。
発情期
次の発情期とは、メス犬がオス犬との交尾を許容する期間である。
これは「黄体期」とも言われ、脳下垂体から黄体形成ホルモンが一気に出て卵巣を刺激し、プロジェステロンを活発に分泌するようになる。
このプロジェステロンの影響で子宮内の子宮腺が発達し、子宮乳を分泌して、受精卵の着床準備を行う。
なお、黄体形成ホルモン分泌の2日か3日後に排卵が起こり、そのころに交尾すれば、卵管の途中で卵子が精子と出会い、受精(妊娠)する可能性が高い(受精卵は、細胞分裂しながら卵管を下り、受精後約3週間前後で子宮内膜に着床する)。
発情休止期
発情休止期になれば、しばらくはプロジェステロンがさらに活発に分泌され、やがて下降していく。そして、排卵後約40日前後になると、脳下垂体から「プロラクチン」という乳腺刺激ホルモンが分泌され始め、乳腺の発達を促進。排卵後約60日前後でお乳が出始める。
なお、出産は妊娠後約62、63日後である。
偽妊娠のメカニズム
実は、発情休止期になると、たとえ妊娠していなくとも、メス犬の体ではプロジェステロンが活発に分泌され、その分泌が低下したころに、乳腺の発達を促すプロラクチンの分泌が活発になっていき、乳腺が張り、お乳が出始めることも少なくない。
個体差は大きいが、中には自分の好きなぬいぐるみを抱き寄せ、飼い主が無理に取ろうとすると、うなって抵抗する犬もいる。
また、ソファの裏や押し入れなどにタオルなどを引き込み、“巣づくり”を始める犬もいる。
人の場合、排卵後に妊娠しなければ「生理(月経)」が起こり、妊娠準備のために形成された子宮内膜と血液が排せつされ、ホルモンバランスも平常に戻る。しかし犬の場合、生理は「排卵前」のもので、発情期に妊娠しなかったとしても、人の生理(月経)のような、明確な「切り替え」はない。
妊娠時同様にエストロジェン(卵胞ホルモン)やプロジェステロン(黄体ホルモン)、さらにプロラクチン(乳腺刺激ホルモン)が分泌されていくのである。
その時、それらホルモンの分泌量がそれほど低下しないと、妊娠時同様の体の変化、行動の変化が起こる可能性がある。それが偽妊娠である。
偽妊娠は、妊娠していない、妊娠可能などのメス犬にも起こり得る。ただし、その体や行動の変化は個体差が大きく、何らかの治療が必要な場合もある。実際、乳腺の張りやお乳の分泌など、飼い主が気づくほどの現象が起こらない犬もいる。
一方、乳腺が固く腫れ、破れたり、お乳の分泌が多いケースもある。その犬が自分で乳首をなめて、乳腺の張り、お乳の分泌が促進されることもある。
そんな場合、男性ホルモン剤を投与して、プロジェステロン(黄体ホルモン)の働きを抑えたり、ドーパミン作動薬を投与して、乳腺の発達を促すプロラクチンの分泌を抑える方法もある。
しかし、偽妊娠は、メス犬が妊娠可能である限り、何度も繰り返す。
そのたびに男性ホルモンを投与するのは副作用が大きい。また、ドーパミン作動薬を投与すれば、吐き気などの症状が出やすく、吐き気を抑える薬剤も必要になる。
もし乳腺の張り、お乳の分泌が甚だしいのなら、それを防ぐために避妊手術をする方法もある。かかりつけの動物病院でよく相談してほしい。
●妊娠前の注意
愛犬の妊娠、出産は、犬にとっても飼い主にとっても大変な出来事である。
通常、性成熟を迎えたメス犬は、以後、半年から10か月ほどの周期で、妊娠可能な「発情期」を迎えていく。
しかし、やせ過ぎていれば、たとえ妊娠しても受精卵が死滅する確率が高く、また胎仔(動物の場合、「胎児」ではなく「胎仔」または「胎子」)が大きく育つべき妊娠後期、母犬が栄養不足になって胎仔の生存率が低くなる。
一方、太り過ぎだと、受胎率が低く、妊娠しても流産、死産、難産の確率が高くなる。普段から適切な質と量のフードを与え、適切な散歩や運動を行い、健康な状態を維持していることが大切である。
また、交配前に必要なワクチン接種、フィラリア予防などを済ませておくこと。純血種であれば、遺伝性の病気がないか事前に獣医師に相談したほうがいい。
なお、ビーグル犬65頭を調べたある報告によると、高年齢になればなるほど出産頭数が減少し、子犬が乳離れするまでの死亡率も高くなるという。
●妊娠前後
メス犬がオス犬を受け入れる発情期間は平均9日間で、妊娠期間は62、63日前後といわれるが、卵子は排卵後、数日しないと受精可能な成熟卵子とならないため、正確な出産予定日を予測することは難しい。
また受精後、受精卵は5、6日たって子宮内に降りてくるが、受精後15日目ぐらいに着床し、発育して20日ごろには各器官が形成され、胎仔と呼ばれ始める。とりわけこの期間中に何らかの悪影響があれば奇形をもよおす可能性が高いので、投薬や(人の)喫煙などは控えることが大切である。
なお、受精後28日以降になるとエコー検査で胎仔の心拍を確認することができる。
受精後38~47日ぐらいになるとエコー検査で胎仔の骨格が見え始め、分娩前1週間になるとX線検査で頭数を確認することができる。
妊娠中の食事については、妊娠中期までは通常通りの量で良い。
胎仔が大きく発育し始める5、6週目ぐらいから通常の2割5分か3割増しに増やしていく。妊娠期間中、過保護になってフードを与え過ぎたり、運動不足になったりすれば肥満傾向になって母子ともに問題を生じやすくなる。
また、母犬にカルシウムを与え過ぎると、体内でのカルシウム循環が妨げられ、母犬が低カルシウム血症になって難産の要因になりかねない。
要注意である。
●分娩前
犬は、自宅出産が基本である。
分娩時期が近づいてくると、母犬は食欲が落ち、安心してお産のできる場所を探して家の中をうろうろし始める。
そこで、予定日の10日前ごろには「お産箱」を、家の中の、人の出入りの少ない静かな部屋、場所に置いて、母犬がそれになじむようにしてあげる必要がある。
なお、お産箱は、母犬が簡単に出入りでき、一方、生後日の浅い子犬が乗り越えられないほどの高さと、母犬がゆったりと寝転び、子犬たちにお乳をあげたり、世話したりできる広さを備えたものが良い。
●分娩直前
分娩の最初の兆候は「開口期」と呼ばれる、子宮の入り口(子宮頸管)が開く時である。
このころになると、母犬はお産箱の内外をぐるぐると回ったり、寝床を引っかいたりと落ち着きがなくなってくる。
また、おなかが気になって下腹部をなめたり、体温が下がって体が震えたりする。
この「体温低下」が分娩直前のしるしである。通常、分娩2日前ぐらいから体温が下がりだし、12時間ほど前には37℃(平温は38~38.9℃)付近まで低下する。体温計で直腸温を測り、低下が見られればスタンバイである。
やがて陣痛が訪れ(産出期という)、じっと座ったり、横になったり、目を閉じて痛みに耐えたりする。
初産の場合だと痛くて鳴くこともある。
分娩前後は極度に神経質になるので、少し距離を置いて様子を見守るほうがいいが、母犬が初産で甘えん坊の場合は、付き添ってあげる必要があるだろう。
●分娩
陣痛が激しくなり、母犬がいきみだすと、最初の胎仔が子宮から産道に降りてくる。
この時、羊膜(胎嚢)の外側の膜が破れて第1次の破水がある。
やがて胎仔が羊膜に包まれたまま(途中で破れることもある)産道から姿を現してくる。それからしばらくしてようやく第1子の「出産」となる。母犬が胎嚢をかみ切って(2次破水)子犬を出し、顔や体をきれいになめてあげ、無事、誕生となる。
その後しばらくたって第2子、またしばらく間を置いて第3子の誕生となるが、それぞれの分娩の間、時間がかかる場合も多いので、その間、気分転換に母犬におしっこさせたり、少し散歩させても良い。
なお、子犬の出産後、子宮内から後産(胎盤)が出てくるが、1頭ごとに出る場合と何頭分かまとまって出てくる場合がある。
予定頭数の子犬がすべて生まれ、後産がすべて出てきたかどうかをよく確認することが極めて重要である。
●難産の場合
分娩直前、体温が低下しても陣痛の兆候がない時や、子犬がなかなか生まれてこない時は、すぐにかかりつけの動物病院に連絡して、帝王切開が必要かどうか相談したほうがいい(帝王切開に手間取ると、子犬が死亡する確率も高くなる)。
なお、子犬の生まれ方は、頭からとおしりからがほぼ半々であり、「逆子」だといって驚くことはない。
ただし、頭からの場合は前足が、おしりからの場合は後ろ足が最初に産道から出てこないと、自然分娩は難しい。すぐに獣医師に適切な処置をしてもらわなければならない。
出産後、神経質な母犬なら、飼い主でも近づいたり、子犬を触ったりするのを嫌がる場合もある。
一方、過保護に育った母犬の中には哺乳放棄しかねない犬もいる。
産後、通常、2週間前後、母犬は片時も子犬たちのそばを離れず、哺乳に専念する。
その間、飼い主は、母犬が子犬たちにお乳をあげ、下腹部をなめてウンチやおしっこをさせているかどうか、よく確認してほしい。
また、子犬たちの首に色違いのリボンを結び、毎日体重測定して、それぞれの子犬が順調に育っているかチェックする。
そうして、発育の遅い子犬がいれば、優先的にお乳が飲めるように手助けしてあげる。あまり子犬の世話をしない母犬なら、ウンチやおしっこをさせるために、下腹部を刺激してあげることも忘れてはならない。
なお、授乳期間中、母犬は通常の何倍もの栄養が必要なため、授乳期の特別食を子犬の頭数に合わせて、十分に与えてほしい。
足の裏、つまり足首から先全体を地面につけて歩く人間とちがい、犬やネコは、いつも爪先立ちのように、足の指の部分だけを地面につけて歩く。
軽やかに歩き、あるいは力強く地面をかき、疾駆できるのは、そのためだ。
しかし、いつも「裸足」で駆け回る犬たちが思わぬケガや病気で、足を引きずることも少なくない。
散歩が「命」の彼らにとって、足のケガ、病気は、何よりも耐えがたいものである。
ケガには、どこかに足をぶつけておこる打ち身、ヒザやヒジ、足首などをひねるネンザ、さらには骨折、関節の脱臼(だっきゅう)、骨同士を結びつけている靭帯(じんたい)の断裂など、軽症から重症までいろいろある。
交通事故がめだつが、なかには、多頭飼いの小型犬同士のケンカで関節がはずれたり、ポメラニアンなどの小型犬がソファから床に飛び降りた際、前足の足(手)首あたりに力がかかり、前足(手)首とヒジのあいだにある二本の骨のうちの、「お箸」ほどの細さの骨がポキリと折れることもある。
飼い主の目の前でケガをすれば、すぐ動物病院で治療を受けることができるが、目を離していたり、留守のときなら、発見が遅れがちになる。
愛犬がわずかでも足を引きずっていたり、足を浮かせていたりすれば、早めに通院することが大切だ。
犬の足のケガで多いもののひとつに「前十字靭帯」の断裂がある。
十字靭帯とは、ヒザ関節のなかで、太モモの骨とスネの骨を結びつけている「たすき掛け」の靭帯で、スネの骨が前に飛び出したり、内側にねじれるのを防いだり、足全体が伸びすぎるのを防いでいる。
しかし、犬が、足を伸ばした状態で急に足をひねったり、急にジャンプしたりすると、この靭帯の前の部分が切れることがある。
また、年老いて、靭帯が老化していたり、肥えすぎで、無理がかかったりすると切れる場合もある。
また、太モモとスネの骨を前方で結び、保護している靭帯とヒザの皿(膝蓋骨)が、内側にずれて(脱臼)、靭帯そのものが切れることもある。
靭帯が傷つけば、関節がぐらぐらし、骨同士がぶつかって、とても痛く、うまく歩けなくなる。関節内で骨がぶつかれば、軟骨がはがれ、骨の表面が傷ついて、だんだんにトゲのような突起ができ、後年、変形性関節症という、骨の変形と痛みがはげしくて動けなくなる病気になる可能性が高い。
関節をとりまく靭帯は、部分的に切れているだけなら、安静にしていれば、関節を固める成分が分泌され、やがて関節が安定して、治っていく。
しかし靭帯が完全に切れていれば、外科手術の必要がある。
大型犬の関節にかかわる病気で有名なのは、「股関節形成不全」である。
これは、太モモの骨の根元(骨頭)がおさまる受け皿の部分が浅くて、太モモの骨がぐらぐらし、脱臼しやすくなる病気で、現在、日本で飼われているゴールデンやラブラドールなどレトリーバー系の犬たちの約半数が、この病気の可能性があるといわれている(その原因の7割ほどは遺伝的なもので、アメリカでは、この病気をわずらう犬たちは交配を禁じられたり、輸入できなかったりする)。
これらの犬種を飼うには、事前に飼い主に、この病気に向き合う「覚悟」と「注意」が不可欠だ。
成長期、とくに生後四カ月から八カ月ぐらいまでの間、大型犬は、急激に体が大きくなる。
その体重の増加に骨の発達が追いつけず、遺伝的に問題のひそむ股関節にさらに無理がかかって、症状がひどくなりやすい。
そのため、とくに成長期は、過度の運動をひかえ、食餌をコントロールして、太りすぎを防止することが大事である。
また、犬が足を引きずる病気には、神経マヒにかかわるものも少なくない。
その代表が「椎間板ヘルニア」である。
椎間板とは、首からお尻までつながる背骨の骨の間にはさまれた軟骨のクッション材である。
この椎間板が年とともに老化し、石灰化して固くなったり、中にあるゼリー状のモノ(髄核)が外に出たりして、背骨のなかを走る骨髄を圧迫し、神経を痛めていく。
はじめは、足がもつれたり、背中をなでると痛がったりする程度だが、放っておくと、脊髄の神経細胞を壊死させ、足がマヒして動かなくなる。
早期発見で治療すれば、元通りに治る可能性が高いが、手遅れになれば、生涯、マヒしたままだ。基本的に老化による病気だが、ビーグルやミニチュアダックスフントなどは、遺伝的に年若いときから発病しやすいといわれている。
そのほか、犬には、人間同様にリュウマチによって、関節内を保護する滑膜に炎症がおこり、周辺の骨や軟骨が変形したり、破壊されたりすることもある。また、足の骨にがんができたり、胸のなかにがんができたりして、なぜか、足の骨の表面に骨のトゲができたり、あるいは骨折後、骨のなかの骨髄が細菌感染して骨が破壊されたりして、歩行困難になる場合もある(これらは、ネコのページでふれる)。
打ち身、ネンザなどは、しばらく安静にしていれば、やがて自然に治るが、ときには、どこかに大変なケガや病気がひそんでいることもある。
少し様子をみて、良くならない場合は、いつから、どこが悪くなったかを思いおこし、できるだけ早く動物病院でくわしい検査と適切な治療を受けることが大切だ。
暖かくなると、犬・ネコともに苦労するのが、からだに取りついて吸血するダニ・ノミのたぐいである。
ダニやノミに取りつかれ、血を吸われると、まことにかゆく、腹立たしい。
そのうえ、命にかかわる病原虫や病原菌に侵されたり、ひどいアレルギー性皮膚炎をわずらったり、ろくなことがない。
たとえば、犬にひどい貧血を起こさせ、ついに死に至らしめる「バベシア」という原虫を媒介する、「マダニ」といわれる一群のダニたちがいる。
一口にダニといっても、地球上には非常にたくさんの種類があり、そのなかの「マダニ」の仲間も数多いが、とりあえず、「マダニ」という名前ぐらいを覚えていただければ十分だ。
「バベシア」についての話をする前に、「マダニ」の生態と、犬・ネコとのかかわりについてふれよう。
マダニたちは、ふつう、野原や山、あるいは家の庭や公園や道路脇など、草木の茂るところならほとんどどんなところにもいて、卵から幼ダニ、若ダニ、成ダニと成長する。
彼らは、草木の葉裏などに身をひそめ、犬やネコなどの動物がそばを通ると、毛皮の表面に取りつく。
二、三日、動物の毛皮の表面でモゾモゾしていたマダニたちは、徐々に毛のなかにもぐりこみ、丈夫なアゴ(口器)で皮膚を切り込んで、唾液腺からセメント物質の液体を出して、アゴをしっかりと固定する。そのあと、毛細血管を切りさき、毛細血管からしみ出た血液の血溜まりから血を吸う。
いったん、血を吸いはじめると、何日も吸い続け、元は小さかったマダニが三十倍にも大きくなるという。
からだいっぱい血を吸ったマダニは、やがて犬やネコのからだを離れ、近くの草むらなどで卵を産む(家のなかで産卵するケースもある)。ノミと違って、マダニは、血を吸うあいだだけ、動物に寄生するわけである。
問題は、マダニがせっせと犬の血を吸っているときに起こる。マダニの胃に寄生する「バベシア」という原虫が、唾液とともに犬の体内に入り、血管内に侵入。
増殖しながら、次々に「赤血球」に取りついていく。
ご存じのように、私たち動物のからだは、体内に侵入した異物(病原菌や有毒素など)を退治する「免疫」機能によって守られている。
血管内にバベシアが侵入したら、血中のマクロファージ(大食細胞)がそれに取りついてやっつける。
しかし、バベシアは赤血球にくっついているから、マクロファージは赤血球ごと食べてしまう。
そのため、バベシアが多ければ多いほど、血中の赤血球もたくさん破壊される。それが「貧血」である。
赤血球には、肺で取り込んだ酸素をからだ中の細胞に運ぶ役割をするヘモグロビンがふくまれている。
酸素は、細胞が栄養となるグリコーゲンなどを分解するのに必要不可欠な物質だ。
だから、貧血になれば、からだ中の細胞が栄養不足になる。
バベシアが増殖すればするだけ、血中の赤血球がこわされて、貧血がひどくなる。
そうなれば、いままで飛び跳ねていた愛犬も、元気がなくなり、食欲も落ちて、階段の登り降りもきつくなり、ついに立ち上がることさえできなくなる。
適切な治療をしなければ、衰弱死してまうのである。
この「バベシア」症はかつて九州・中国西部でさかんだったが、現在、近畿地方に中心が移り、さらに東進して、関東地方や東北地方にも症例が現れるようになった。
近畿では、ことに六甲山系や生駒山系でめだつという。
たとえば、山尾獣医科病院での症例では、近くの丘陵地帯に新たな住宅地などが造成されたりすると、その周辺で、しばらくバベシア症にかかる犬たちが急増することがある。
ダニの生活環境が破壊され、ダニたちが大移動したのか、子孫を大量に増やしたためか、正確な理由は定かではないが、自然環境の破壊と病気の流行には、なんらかの因果関係があるとも考えられるだろう。
なお、ネコはダニに血を吸われても、バベシア症にはならない。
現在、日本で起こるバベシア症には、まだワクチンはない。
治療薬はあるが、海外で生産されていた、ある有効な薬剤が公害問題で昨年製造中止になり、各動物病院では、これまでのストックと他の薬剤の併用で治療をおこなっている状態だ。
愛犬が急に元気がなくなったり、オシッコが赤くなったり、黄色くなったりすれば(破壊された赤血球の血色素のため)、できるだけはやく(愛犬の体力が残っているうちに)かかりつけの動物病院で検査・治療してもらうことが大切だ。
とくに、バベシア症のめだつ地域では、あまり山野に愛犬を連れて行かないこと。
また、外で遊んだあとは、よくブラッシングして、体表に付着したかもしれないマダニたちを取り除くこと。
春から夏のシーズン中、定期的に首筋に殺虫薬を滴下して、取りついたダニやノミを駆除する方法もある。
なお、愛犬に取りつくマダニを見つけ、無理にはがそうとすると、しっかりと食いついた頭だけ残ることがある。
ゆっくりと、前後に動かしながら、そっと取り除いていただきたい(マダニをつぶすと、病原菌に感染することもある)。
なお、ノミについては、ネコのページでくわしく述べるが、犬の場合、ノミのせいで起こるアレルギー性皮膚炎をわずらうケースが多い。
もちろん、ノミが大量発生すれば、なりやすいが、アレルギー体質の犬やネコなら、わずか一、二匹のノミの唾液や脱皮した抜け殻などが引き金になって、アレルギー症状をしめすこともある。
子宮蓄膿症とは、大腸菌などの細菌がメス犬の膣から子宮内に侵入して異常繁殖、炎症がひどくなって化膿し、子宮内に膿がたまるほど悪化する細菌感染症のことだ。
この病気になりやすいのは、避妊手術を受けていない中高年齢期のメス犬である。
子宮に細菌感染が起こり炎症がひどくなる、つまり体の免疫システムが働き、異常増殖する病原菌と激しい戦いを繰り広げれば、発熱状態が続く(この体温上昇は約30%の症例に認められる)。
また、細菌の毒素による腎臓の二次的な障害によって、犬はたくさんのオシッコをし、水をがぶ飲みし出す。「多飲多尿」である。
また、化膿するほど病原菌の勢いが強いと、膿がたくさん子宮内にたまっておなかが膨らんだり、病原菌の毒素が体に回って嘔吐や下痢、食欲不振になったりして、ぐったりすることも少なくない。
もっとも、そのような症状だけでは、飼い主にはどこが悪いのか見当がつかず、「うちの犬、元気がない、食欲がない、よく水を飲む」ぐらいにしか感じないことも多い。
しかし、子宮内にたまった膿、いわゆるオリモノが膣外に出てくるのを発見すれば、「あっ、”婦犬科“の病気だ」と慌てて動物病院に駆け込むことになる(子宮蓄膿症になるメス犬の二~三割は、子宮の入口がしっかり閉じていて、オリモノが見られないという報告もある)。
症状がさらに悪化すれば、子宮が破裂して膿が腹腔内に飛び散って腹膜炎を起こしたり、病原菌の毒素が体中に回ってひどい腎臓障害や多臓器不全、敗血症を引き起こして死に至る。
子宮蓄膿症は、中高年齢期のメス犬の要注意の病気の一つである。
先に、子宮蓄膿症は大腸菌などがメス犬の膣から子宮内に侵入して引き起こす細菌感染症だと記したが、この病気の背景には、それ以上の、生命を宿らせ、育むメス犬の大切な”性“の役割、機能にかかわる問題が潜んでいる。
性成熟したメス犬には、普通、七か月サイクルの性(発情)周期がある。卵巣で作られる卵胞ホルモンの働きで、卵巣内の卵胞中で卵細胞が発育して排卵が起こる(発情期)。
すると、卵巣内で黄体ホルモンが作られ、その働きによって子宮では内膜を厚くして、受精卵の養分となる子宮乳を分泌する子宮腺を増加させ、受精卵の着床準備を整える。黄体期(発情休止期)の始まりである。
この時期、メス犬の体は、オス犬の精子を受け入れやすくするために、免疫機能が低下する。
また、子宮でも受精卵が着床・発育しやすいように、動きが静かになり、受精卵を守るために、子宮の入口が閉じられる。
もし、この時期、大腸菌などの細菌が膣から子宮に侵入すれば、退治されずに内部で生き残る可能性が高いのである。
避妊手術を受けていないメス犬で、妊娠・出産の経験がなく、ホルモンバランスが悪ければ、子宮内で細菌感染が起こりやすくなる(卵巣や子宮の腫瘍によって、ホルモンバランスを崩した場合も同様だ)。
そのうえ、年齢を重ね、体の免疫機能が低下していけば、危険性が増す。なお、細菌が子宮内膜に感染し、炎症を起こす病気を「子宮内膜炎」といい、感染症が悪化して化膿し、子宮内に膿がたまる症状を「子宮蓄膿症」という。
子宮蓄膿症の治療には、内科的治療と外科的治療がある。
内科的治療では、細菌の働きを抑える抗生剤を使うほかに、子宮の収縮を活発にさせて膿を排せつさせ、子宮内で細菌の感染しやすい環境を作る黄体ホルモンの働きを止める薬剤を注射する。
しかし、これはあくまで対症療法で、細菌を根絶させることは難しく、かなり高い確率で再発するともいわれている。
また、薬剤の副作用で、嘔吐やよだれ、子宮の収縮力が強くなり過ぎて子宮破裂したり、心臓への負担がかかったりするので、この治療に際しては、担当獣医師とよく相談することが大切だ。
子宮蓄膿症の治療法としては、外科手術によって子宮と卵巣を切除するのが最も確実な方法である。
特に子宮の入口が閉じたままで、オリモノの出ないタイプの犬は、子宮内に膿がたまる一方で、いつ子宮が破裂して、膿が腹腔内に飛び散るか分からない。また、膿がたまった状態が長かったり、急に症状が悪化してくれば、異常増殖した細菌の毒素が体内に回って命にかかわる状態になりかねない。
できるだけ早く症状を発見し、外科的治療を行うことが大切だ。
なお、発見が遅れて手遅れ状態になり、手術前に亡くなったり、開腹すると、すでに子宮破裂を起こしていたり、大量の毒素が体に回って、治療のかいなく死亡するケースが、症例全体の5%から10%あるという調査報告もある。
子宮蓄膿症の最善の予防策は、避妊手術である。
若い時期に適切な避妊手術を受けていれば、当然のことだが、以後、子宮内膜炎や子宮蓄膿症などの子宮感染症にかかる恐れはまったくない。
そのうえ、一歳になる前の初回発情前後に、避妊手術をしていれば、乳腺腫瘍の予防に役立つことになる。
避妊手術をしていない場合は、普段から愛犬の陰部の清潔を心がけることが大切だ(特に、発情期から黄体期〔発情休止期〕の二か月間ほど)。
また、年を取るにしたがって免疫力も低下するので、それを補うために、愛犬の心身の健康管理に十分に注意していただきたい。
そして、最初に記したような、気になる症状があれば一刻も早くかかりつけの動物病院で診療を受けて欲しい。
メス猫が細菌感染によって子宮の内膜が炎症を起こす子宮内膜炎や、炎症が悪化して化膿し、子宮内に膿がたまる子宮蓄膿症などの「子宮感染症」になれば、熱が出たり、水をよく飲んだり、食欲がなくなったり、オリモノが出たりといった症状が現れる。
時には子宮内に膿がたまりすぎておなかがパンパンに腫れ、「うちの子、妊娠したけど、元気がなくて」と、動物病院に連れてこられるケースもある。
しかし、中高年齢期のメス犬にとって子宮蓄膿症が代表的な病気の一つになっているのに対して、メス猫の場合、子宮内膜炎や子宮蓄膿症などの子宮感染症にかかるケースはかなり少ない。
その要因の一つに、家庭で飼育されるメス猫とメス犬とでは、避妊手術実施率に大きな差があることが挙げられる。
まず、メス猫は性(発情)周期が短く、かつ不規則で、室内飼いに徹していても、恋の季節になれば鳴き騒ぎ、わずかのスキに戸外に飛び出して、交尾・妊娠する可能性が高い。
また、命にかかわるウイルス感染症も多いため、避妊手術を望む飼い主がメス犬の場合よりもずっと多く、結果的に、子宮感染症を未然に防いでいるわけだ。
もっともそれは、あくまで”外的“な要因にすぎない。
それよりも、より重要なのは、メス犬とは異なる、メス猫の「発情と妊娠のメカニズム」にありそうだ。
つまり、メス犬が「発情期」に排卵して交尾・妊娠するのに対して、メス猫は、普通、発情期にオス猫と交尾した「性刺激」によって排卵が起こる。
そのため、交尾する機会がなければ、排卵も起こらず、黄体ホルモンも分泌されず、子宮内が妊娠(受精卵の着床)準備を行うこともない。
つまり、子宮内が細菌感染の起こりやすい状況になりにくいのである。
それでも、やはり、子宮内膜症や子宮蓄膿症などの「子宮感染症」になるメス猫がいる。
その要因は、いくつか考えられる。その一つが、メス猫のなかには、発情期に「交尾後に排卵が起こる」のではなく、メス犬と同様に「排卵後に交尾して妊娠する」タイプもいることである。また、恋の季節、オス猫のセクシー・ボイスを聞いただけで、排卵が起こるタイプもいる。”性の神秘“である。
これらのメス猫では、妊娠しなくても、排卵によって黄体ホルモンが分泌され、子宮が妊娠準備を始めることになる。
そうすれば、当然、子宮内で大腸菌などの細菌感染の可能性も高くなる。
もう一つ、大きな問題が潜んでいる。言うまでもなく、猫には、猫白血病ウイルスや猫免疫不全(猫エイズ)ウイルス、猫伝染性腹膜炎を起こすコロナウイルス、猫パルボウイルス、猫カゼで知られるヘルペスウイルスやカリシウイルス、原虫のトキソプラズマなど、さまざまな感染症がある。
もし、愛猫が、出産前に胎内で、あるいは子猫の時や若い時期にそれらのウイルスや原虫に感染していた場合、幸い命に別状がなくとも、体の免疫力が低下していて、大腸菌などの細菌感染による子宮感染症が起こるかもしれない。
また、それらのウイルスや原虫が子宮内に侵入して子宮内感染を起こし、妊娠しても、流産や死産の要因となっていないとも限らないのである。
子宮内膜炎なら、まず抗生剤で細菌の働きを抑えて、症状の改善を待つ。
しかし、もともとメス猫自身の免疫力の低下が伏線となって、子宮の内膜で異常繁殖を始めた細菌を完全に死滅させるのは難しい。
薬の効果で表面的に炎症が治まったとしても、細菌の生き残りが子宮内に潜伏し、高齢化や何らかの病気などで体力、免疫力の弱った時や、その後の発情期に再発する可能性も高い。
特に、内膜が炎症を起こす段階の子宮内膜炎の場合、子宮蓄膿症のようにオリモノが見つかったり、おなかが膨れたり、元気・食欲がなくなったり、といった明らかな外見症状に乏しく、飼い主が病気を見過ごす結果になりやすい。
そうなれば、症状が悪化して、子宮蓄膿症になっても不思議ではない。
子宮蓄膿症の治療法には、犬のページでも述べたように、薬剤を注射して子宮の収縮作用を高め、膿を排せつさせる内科的治療と、子宮(と卵巣)を切除する、避妊手術と同様の外科的治療がある。
この病気は再発の恐れが高いため、病巣そのものを切除する外科的治療が最善といえるだろう。
当然のことだが、一歳前後の若い時期に避妊手術を受けていれば、中高年齢期になってから、わが家のメス猫が子宮内膜炎や子宮蓄膿症などの子宮感染症にかかることはない。
不幸な子猫を増やさないためだけでなく、恋の季節、飼い主のスキを突いて、戸外へ飛び出し、交通事故に遭ったり、致命的な病気をもたらすウイルス感染症にかかったりする危険性を減らすためにも、若い時期の避妊手術は有効である。
また、メス猫の子宮感染症の要因としてさまざまなウイルス(や原虫)の感染症が疑われる。
そのため、定期的に必要なワクチン接種を行い、子猫の時から室内飼いに徹して、ウイルスなどに感染する可能性をなくすことも大切だ。
雌ネコの場合、子宮内膜炎や子宮蓄膿症などの「子宮感染症」にかかる確率は、雌犬よりもずっと少ない。
正確な理由は不明だが、いくつか要因を推測することができる。
そのひとつは、雌ネコと雌犬との妊娠のメカニズムの相違にありそうだ。
犬のページで述べたように、性成熟した雌犬の卵巣の卵胞内で卵胞ホルモンにより「卵」が成熟すると、「排卵」がおこり、黄体ホルモンが分泌されて子宮は受精卵を着床させるための準備をととのえる。そのとき、子宮内で細菌感染の可能性が高まり、子宮内膜炎・子宮蓄膿症のひきがねとなっていく。
一方、雌ネコの場合、卵巣の卵胞内で「卵」が成熟しても、それだけで自動的に「排卵」がおこるわけではない。
発情期の雌ネコが雄ネコと交尾すると、その「性刺激」によって雌ネコの卵巣で「排卵」がおこる。
つまり、「排卵」がおこり、黄体ホルモンによって子宮が妊娠準備をととのえるときは、交尾後で、妊娠する可能性がきわめて高く、受精卵の代わりに大腸菌などの細菌が子宮内膜で繁殖する余地がほとんどないのである。
それでもたまに、「うちのネコ、マンション暮らしで一度も外に出したことがなかったのに、子宮感染症にかかってしまって」という場合もある。
その要因はいくつかあるだろうが、まず考えやすいのは、発情期に聞いた、屋外で鳴きさけぶ雄ネコの声(セクシーボイス)が「排卵」を促進するケースである(これこそ、「性の神秘」といえるかもしれない)。
意外と気づきにくいのは、ウイルス感染などの後遺症だ。
ご存じのように、ネコには、ネコエイズウイルスやネコ白血病ウイルス、ネコパルボウイルス、ネコ伝染性腹膜炎をひきおこすコロナウイルス、ネコカゼのヘルペスウイルスやカリシウイルスなどによる、危険なウイルス感染症がいくつもある。
もし、妊娠中になんらかのウイルスが子宮内に侵入してウイルス感染すれば、胎児が死亡して流産し、母ネコも(もし生きのびても)子宮感染症をまぬがれない。
また雌ネコが子ネコのとき、これらのウイルスに感染しながら、幸いに生きのびることができたとしても、免疫力が落ちていて、不思議はない。
そのうえ、みずから妊娠して、さらに免疫力が低下すれば、子宮内で大腸菌などの細菌感染を受けやすい。
たとえば、若い雌ネコが流産癖があったり、子宮内膜炎や子宮蓄膿症にかかったりする場合は、これらウイルス感染症をうたがってみるべきかもしれない。
また、雌ネコが妊娠中に原虫のトキソプラズマに感染した場合、胎盤感染して胎児が流産し、みずから子宮感染症になる可能性もある。
ネコエイズウイルスやネコ伝染性腹膜炎ウイルス以外の前述のウイルスには有効な予防ワクチンがある。
子ネコのときから適切なワクチン接種を心がけることが大切だ。
もっとも、子ネコのワクチン接種前に、母子感染などでそれらのウイルスに感染していないともかぎらない。
悲しいことだが、病気のネコをみれば、まずウイルス感染をうたがうべきかもしれない。
では、卵巣と子宮の腫瘍についてはどうだろうか。ネコは犬よりもこれらの腫瘍にかかる確率は低いが、それで安心とばかりはいえない。
卵巣の腫瘍では、卵をつくる卵胞にできる顆粒膜細胞腫瘍の約五十%は悪性といわれる。
また、子宮の腫瘍では、雌ネコには悪性の子宮腺がんが多い。これは、子宮から卵巣、肝臓、リンパ系、さらには脳細胞にまで転移しやすいといわれており、そうなれば、手遅れとなる。ネコや犬は、人とちがって、定期的な婦人科検診などないから、どうしても、悪性腫瘍も大きくなり、どこかに転移した段階で、異常に気づく結果になりやすい。
ふだんからしっかりとグルーミングをおこなって、わずかの体調の変化でも見逃さないように心がけることが大切だ。
なお、一歳前後に避妊手術を受けていれば、以後、卵巣・子宮の病気とは無縁となることはいうまでもない。
つけくわえれば、中高年の雌ネコがかかりやすい乳腺腫瘍(ネコの場合、悪性の割合がとても高い)も、初発情前に避妊手術を受けていれば、ほとんど予防できる。
卵巣や子宮、乳腺などは女性ホルモン(卵胞ホルモンと黄体ホルモン)の影響下にあり、なんらかのホルモンバランスの異常によって、それらの部位に腫瘍が発現する可能性がきわめて高いのである。
また、子宮内膜炎・子宮蓄膿症なども、女性ホルモンのバランスが不安定だと、子宮内の細菌感染をふせぐ機能が低下しやすい。
女性ホルモンは、言うまでもなく、雌ネコ、雌犬の心身の形成、成熟に不可欠な伝達物質で、犬のページで述べたように、妊娠のメカニズムを左右する、いわば、「命」の交響曲をかなでる指揮者である。
単なる病気の要因としてではなく、その重要な役割、働きに心を向けることが、「命」の神秘、愛猫、愛犬へのいとおしさを再認識する手がかりかもしれない。
愛すべき猫たちの「避妊・去勢」をどうすべきかは、飼い主たちがしばしば頭を悩ます難問の一つである。
子猫が生まれても自宅で飼えないし、どこかでもらってくれるところも見つからない。
また、恋の季節に異性を求めて戸外をさまよい、猫同士のケンカや交通事故、また、野外に暮らす猫たちから、万一、猫エイズ(猫後天性免疫不全症候群)や猫白血病ウイルス、あるいは猫伝染性腹膜炎など、治療の困難な、一命にかかわる感染症をうつされたら、どうしようか。
それならばと、愛猫の避妊・去勢手術を受けようと決意する人も少なくない(なかには、発情期の尿スプレーなどの「問題行動」を抑えるために実施することもある)。
一方、避妊・去勢手術で愛猫のからだにメスを入れるのはかわいそうだ。”自然“のままに、子猫を産み、育てさせてあげたいと、避妊・去勢手術をためらう人も少なくない。
この問題は、基本的に、それぞれの飼い主家族が、じっくりと話し合って決断すべき重要なテーマである。
しかし、そのとき、考えていただきたいことがある。
現在、日本では、一年間に、いわゆる”殺処分“される猫たちが約三十万匹にのぼるという。
そして、その約八割が生後間もない子猫たちである。もちろん、そのなかには野外で暮らす野良猫たちの子孫も多いに違いない。
けれども、どこかの家庭で生まれた子猫たちが”殺処分“される事例もきわめて多いのである。
そのような、この世に生まれてすぐ、不幸な運命にもてあそばれる子猫たちを少しでも減らすためにも、避妊・去勢の問題をしっかりと考える必要があるのではないだろうか。
ここで、猫の発情のメカニズムについて考えてみよう。
発情周期(性周期)は、ふつう、犬なら一年に二回ほど(約七か月周期)だが、猫の場合、メス猫の体質や飼育環境により、一年に二回、三回、あるいはそれ以上と、さまざまなケースが知られている。
それはなぜか。実は、猫の発情(性周期)を決定する要因は、猫自身のからだのサイクルだけではなく、”光の明るさ“にも関係しているからである。
つまり、メス猫は、一日二十四時間のうち、十二時間から十四時間のあいだ、五百ルックス(事務室程度の明るさ)という強さの光の下にさらされていると、発情しやすいと考えられている。
だから、日照時間の短い冬場は発情しにくくなり、春の訪れとともに、恋の季節もめぐってくる。
野外に暮らす猫たちならともかく、室内暮らし中心のメス猫たちの場合、同居する飼い主家族の生活が夜型になり、遅くまで明るい光の下で暮らすようになれば、日照時間の短い冬場でも発情しやすくなるわけである。
なお、メス犬では、卵巣内で「卵」が成熟し、「排卵」が起きる時期を「発情期」という。
しかし、メス猫の場合、「卵」が成熟して「発情期」に入り、オス猫と交尾することによる「交尾刺激」によって「排卵」が起きる(そのため、妊娠の確率が非常に高い)。
もっとも、半数ほどのメス猫では、犬のような「自然排卵」も起こりうるといわれている。
では、避妊・去勢手術の時期は、いつごろが適切だろうか。
これについては、「初発情(早ければ半年、ふつう八~十か月)前後がいい」、「心身が発達する生後一年ほどの時期がいい」とか、各動物病院の考え方により、さまざまだ(アメリカなどでは、生後七週間というケースもある)。
また、手術方法は、オス猫の場合は、睾丸を摘出するだけだから簡単だが、メス猫の場合は、それぞれの動物病院によって、「卵巣」だけを摘出する方法と、万一の子宮の病気予防などを兼ねて「卵巣と子宮」を摘出する方法がある。
手術時期や手術方法については、かかりつけの動物病院でよく相談していただきたい(ついでにいえば、避妊手術以外の避妊方法として、現在、メス猫の皮下にカプセル状の発情抑制ホルモン剤を埋め込む「インプラント」がある。これなら、約一年間、発情を抑えることができる。
埋め込む時期や副作用について、よく相談していただきたい)。
なお、市(区)町村などの地方自治体では、野良猫防止・捨て猫防止のために、避妊・去勢手術について一定金額の助成金を交付しているところも少なくない。
また、野良猫の避妊・去勢に積極的に取り組んでいる個人や民間団体、公的機関も増えている。
いずれにせよ、麻酔技術をはじめ、獣医学医療が高度化した現在、避妊・去勢手術の危険性はほとんどないと思われる。
ただ、注意すべきは、手術後のケア、飼育方法である。
手術後、一、二週間で抜糸するが、それまでの期間、猫たちは、気がかりな傷口を自分でケアしようとしてひたすらなめたがる。
それを防ぐために、エリザベスカラーや特製の術後服を着けて、おなかの傷口をなめられないようにする必要がある。
しかし、エリザベスカラーを着けると、食事がしにくいし、あちこちに引っかかって大騒ぎになることもある。爪で引っかいて、エリザベスカラーを自分ではがす猫もいる。
それから、避妊・去勢後、とくに食事管理に気を付けていただきたい。
性ホルモンの分泌がなくなると、猫たちは、からだの代謝率が三割前後低下する。つまり、手術前と同じ食事内容だと、ただそれだけで三割前後、肥えてしまうことになる。
そのうえ、避妊・去勢すると、”色気より食い気“で、食欲が高まる猫も少なくない。
運動量も自然、低下して、さらに肥えやすくなる。
肥満になれば、内臓や足腰への負担も増え、いろんな病気になりやすくなる。
食事量を減らし、なるべく一緒に遊ぶ機会を増やすなどして、愛猫の健康維持を図っていただきたい。
「子宮蓄膿症」とは、子宮感染症の中で最も重い病態である。
まず、子宮内に侵入した細菌(外陰部や腟にいる、大腸菌などの常在菌)が異常繁殖して、子宮内壁の粘膜や粘膜固有層に炎症を起こす。
この段階が「子宮内膜炎」で、その後、炎症がさらに悪化して子宮腔に膿が貯留していく(この段階が子宮蓄膿症)。もし子宮の入り口(子宮頸管部)が少しでも開いていれば、膿(オリモノ)が腟から外部に排出される。
しかし、子宮頸管部がしっかり閉じていれば膿は子宮内にたまり続け、メス猫の下腹部が、まるで妊娠中のように膨らんでいく。
体内に細菌感染などが起こって細菌が異常繁殖すれば、動物の体は自動的に体温を上げて免疫力を活発にし、リンパ球などの白血球が増え、患部に集まって細菌を攻撃する。いわば膿はそれらたくさんの白血球の“死骸”である。
しかし、何らかの理由で体の免疫力が下がっていれば、細菌の異常繁殖を食い止めることができず、化膿状態が続き、さらにひどくなる。
そうなれば、毒素が血中に入り、腎臓などに悪影響を及ぼしていく。例えば、腎機能が低下すれば、毒素をうまく体外に排せつできず、たくさん水を飲み、薄いおしっこをたくさんする。
吐き気も起こってくる。食欲もなく、ぐったりし、脱水状態になりやすい。もし、膿がたまり過ぎて子宮が破裂すれば、膿が腹腔内に散らばり、敗血症で亡くなる可能性もある。
通常、子宮内は体の免疫システムの働きで無菌状態にある。
しかし、発情期前後になると状況が変わる。発情前期(1~2日)には卵胞ホルモンがたくさん分泌され、発情期になると卵胞ホルモンの影響で子宮内膜と筋層が拡充して妊娠準備が整っていく。
オスの受け入れ可能な発情期(6日前後)になって交尾すると、メス猫の体は交尾刺激によって黄体(形成)ホルモンが分泌され排卵が起きる。
黄体(形成)ホルモンは子宮内の子宮腺(受精卵の発育に必要な分泌腺)を成熟させ、着床に備える。同時に受精卵を排出させないため、子宮の収縮作用を弱める働きをする。
無事、排卵→受精→着床と妊娠が進めばそれほど問題はない。
しかし、排卵後、受精しないままだと、子宮内は着床準備のために栄養分が高く、収縮力が停止して外敵を排除しづらい状態となっているので、細菌が子宮内に侵入して異常繁殖しやすいのである。
先に「メス猫の体は交尾刺激によって黄体(形成)ホルモンが分泌され排卵が起きる」と書いたが、実際は、交尾刺激がなくても排卵するメス猫は少なくない。
例えば室内飼いでも、猫の発情シーズン中、オス猫の「セクシーボイス」を聞いて発情することもあり、一説によれば、メス猫の35%~60%は交尾刺激がなくても排卵するともいわれている。
さらにいえば、室内飼いが増えるにつれて、年中、発情シーズンを迎えやすいメス猫が増加している。
猫の性周期は、光の増減、つまり光周期にかかわり、1日に12~14時間、500ルクス(事務室程度)の明るさがあれば発情可能なのである。
そのため、室内飼いの避妊していないメス猫も子宮感染症になりやすい。
もうひとつ別の理由がある。それは、猫に多いウイルス感染症とのかかわりである。
例えば、猫エイズウイルスや猫白血病ウイルス、猫パルボウイルス、猫コロナウイルス、ヘルペスウイルス、あるいはトキソプラズマ(これは原虫)などに感染すれば、たとえ命に別条はなくても、免疫力が低下していて、大腸菌などの常在菌が子宮に侵入して生き延び、子宮内膜炎から子宮蓄膿症になりやすい。
また、それらのウイルスの悪影響で、妊娠後、流産や死産にもなりやすく、結果、子宮内が汚染され、子宮感染症になりやすいのである。
子宮感染症の場合、薬剤を使った内科療法と、子宮と卵巣を摘出する外科療法(避妊手術と同じ)がある。
内科療法について述べると、子宮内膜炎なら、抗生物質を投与して細菌の働きを抑え、炎症を治していく。
一方、子宮内がひどく化膿して子宮蓄膿症になっていれば、たまった膿を排除するため、子宮の収縮作用を促進するホルモン注射をする。
もっとも、このホルモン注射は、メス猫の子宮頸管部が開いていればいいが、子宮頸管部が閉じていれば膿を体外に排せつすることができず、かえって子宮破裂などの恐れもある。また、副作用として、呼吸困難やふらつき、よだれ、吐きもどしなども報告されている。
このような内科療法は、当然のことだがあくまで症状を抑えるための対症療法で、根治療法ではない。
先に触れたように、子宮感染症の主な要因は、メス猫が妊娠可能な状態にあることと、免疫力の低下にあるため、薬剤治療で症状が治まったとしても、いつ再発するか分からない。
繁殖を望むケース以外は、子宮と卵巣を摘出する外科療法がいいだろう。
メス猫は「交尾排卵」が基本のため、また、たとえ交尾せずに排卵しても、黄体(形成)ホルモンの分泌期間が短いため、メス犬よりも子宮感染症にはなりにくい。
しかし、交尾しなくても、オス猫のセクシーボイスを聞くなどの聴覚刺激や臭覚刺激、視覚刺激、触覚刺激などをきっかけに排卵することがある。
子宮内膜炎、子宮蓄膿症などの子宮感染症を予防するために最も安全、確実な方法は、メス猫が1歳未満の早い時期に避妊手術を行うことである。
現実には、野良猫が多く、繁殖管理の難しい猫の場合、不必要な妊娠・出産を避けるため、また、野外でのウイルス感染や交通事故の可能性を減らすため、早めに避妊・去勢手術を行う家庭が増加。子宮感染症にかかる猫は減少した。
もし、自宅の愛猫に避妊手術をさせない場合でも、子猫の時から必要な回数、きちんとワクチン接種して、ウイルス感染症の予防を行うこと。
もっとも、猫エイズウイルスなどワクチンで予防できない病気もあるうえに、ワクチン予防も100%確実ではない。室内飼いに徹することも大切である。
ネコの場合でも、下痢の原因は、「食べ物・飲み物」「寄生虫」「ウイルス」「細菌」「原虫」などの感染、内臓の病気やがん、その他の病気など、犬と大同小異である。
もっとも、一般に食欲旺盛で、拾い喰いを好む犬とちがい、ネコは、それほどドカ喰いをしないし、道端に食べ物が落ちていても、確かめもせず、パクリと食べてしまうこともあまりない。
「食べ物」が原因でネコが下痢をするのは、急にフードの種類を変えたり、食べ慣れないモノを与えたりしたときが多い。
ネコが味にうるさいのは、食べ物の許容範囲も狭いということにもなるだろう。
だから、フードの種類を変えるとき、しばらくはこれまでのフードに新しいフードを2、3割ほどまぜて、お腹のならし運転をおこなう必要がある。
また、子ネコを飼いだして、牛乳を与えるのも、下痢をひきおこす要因になる。ネコや犬には、牛乳にふくまれる乳糖を消化する消化酵素をもっていない子が多いのである。
人でも、その消化酵素がないと、大人でも、牛乳を飲むと下痢をする。ネコや犬には、なるべく牛乳を与えないほうがよいだろう。
そのほか、ネコは、家の中で、油や、においのついたビニール、糸くずなどをなめることも少なくない。
そんなとき、別に食べるつもりはなくても、異物が舌にからまり、飲み込んでしまったりする。
糸などは、小腸にからまると、腸が切断されることもある。異物を飲み込んだときは、すぐに動物病院へかけ込み、一刻もはやく取り出してもらわなければならない。
寄生虫や原虫、ウイルスなどは、野良の子ネコを拾って飼った場合、母ネコから感染していることが多い。
犬のページでもふれたが、ノミを媒介にする瓜実(うりざね)条虫などは、野良出身の子ネコに多いかもしれない。
瓜実条虫は、ひしゃげた米粒がつながったような虫で、ひとつずつがばらばらになり、ウンチにまじっていることがある。
回虫などの寄生虫はウンチにまじるタマゴで発見できるが、単細胞で細胞分裂で増殖する原虫の場合、ウンチを調べても見つけにくいこともある。
それはともかく、コクシジウムやジアルジアなどの原虫が、体力と免疫力の弱い子ネコの腸内で増殖すれば、はげしい下痢による栄養失調と脱水症状で、命を落とすことも少なくない。
また、ワクチン未接種の子ネコが強力なネコパルボウイルスに感染すれば、わずか一晩で亡くなってしまうことも多い。
なお、パルボウイルスは、生命力が強く、自然環境のなかで半年以上も感染力を保ったまま、生き続ける。
そのため、新たに子ネコを飼いはじめても、また感染して、悲劇をくりかえす恐れがある。また、多頭飼いで、ワクチン未接種のネコがいれば、すぐに感染が広がってしまうだろう。
細菌については、もともと、大腸(結腸)には、一般に大腸菌や乳酸菌、サルモネラ菌などの細菌が生息して、食べかすなどの消化を助け、病因菌から腸を守っている。いわゆる善玉菌である。
しかし、食べすぎなどで消化不良の食べかすが小腸から大腸(結腸)に入ってくると、大腸菌がそれらを消化しようとして、大量のガスが発生する。
そのガスのせいで下痢をおこすこともある。
また、一部のブドウ球菌や大腸菌(O157で有名)など、毒素を出す悪玉菌が体内に入り、増殖すると、はげしい下痢をひきおこす。
また、病気治療のために抗生物質を投与すると、善玉菌が死滅して、腸のバランスがくずれ、下痢をしたりする。
そのほか、がん、その他の病気にかかわる慢性の下痢については、犬のページを参照してほしい。
ひとつ、年とったネコなどにみられる「甲状腺機能亢進症」のことにふれておく。
のどのところにある甲状腺は、体の新陳代謝にかかわるホルモンを分泌する。
甲状腺ホルモンが不足すると発育障害をひきおこすが、その反対に過剰に分泌すると、体の新陳代謝が異常に活発になり、細胞のエネルギー消費量も増大する。
この病気になった年老いたネコは、エネルギー補給のためにガツガツとフードを食べるが、間に合わずやせていく。
また、過食で、腸の動きが過剰なため、食べ物の消化・吸収が不十分になり、結果、下痢状態が続き、さらにやせていく。
最後は、心臓や肺などが能力の限界をこえてしまう、残酷な病気である。
近年、ネコの老年病のひとつとして、この「甲状腺機能亢進症」の症例発見が急増してきた。
現在、ホルモン抑制剤を投与して、ホルモン分泌をおさえたり、甲状腺を外科手術で切除したりする治療法がおこなわれている。
このように、「下痢」の症状をしめす病因は多種多様で、命にかかわるものも少なくない。
「下痢ぐらい」と、安易な判断をくだすと、取り返しのつかないことになりかねない。
なお、最後に少し下痢便の見分け方をのべると、小腸の働きが悪く、栄養分を消化吸収できなければ、一度に大量の液状のウンチがドッドッと対外に出ていくはめになり、白っぽくすえたような臭いがする。
ウイルス感染や激しい下痢で腸の粘膜が破壊されれば、出血し、体外に出るまでに酸化して黒い血便になる。
また大腸が原因であれば、これは反対に血便は赤く、下痢便も少しずつ何回にもわたって排泄され、しきりにきばる姿勢をとる。
なぜ、ネコは、犬ほど足を引きずるケガや病気が少ないのか。
その要因のひとつは、ネコが人間と暮らしはじめて日が浅く(犬は何万年・ネコは約五千年)、また、これまで永らく放し飼い状態で、人間による特定の品種作出の歴史が犬に比べてずっと短いためだ。
そのため、雑種の度合いが強く、ごく一部の品種をのぞき(太りすぎは別の話だが)、ほとんどのネコは体型も体重もある程度の大きさ・重さを維持して来たので、足腰への負担はあまりかからず、遺伝的な病気もそれほど顕在化してこなかった。
先に犬のページでふれたように、犬には特定の品種にかかわる(遺伝的な)体質の特徴によっておこる「股関節形成不全」のような病気が少なくない。また、体型・体重の大小も極端で、大型犬は重い体重が足腰に大きな負担となるし、また、成長期に急激に大きくなり、体重増加に骨格の成長が追いつかず、その時期、はげしい運動をさせれば、関節が不安定なままに成犬となりやすい。
とくに関節は、若いときの無理がたたって、後年、変形性関節症など、痛く、つらい慢性病をひきおこすことが多い。
一方、小型犬は、より小さく、より可愛く、という方向に進むために、骨や関節は弱化の傾向をたどり、少しの衝撃でケガをしたり、足・腰、内臓などに遺伝的な病気もめだってくる。
といっても、室内・屋外を問わず、放し飼いをもっぱらとするネコには、足腰をいためるケガはかなり多い。
とくに高層マンションの窓やベランダから落ちる事故が増えている。ネコは反射神経がいいので、ほとんどの場合、落下しても、足から着地する。そのとき、最初に着地する前足に重みがかかり、骨折しやすいのである。
室内でも、太り気味のネコなら、タンスや戸棚の上からジャンプして、同様のケガをすることも少なくない。
交通事故では、骨盤が折れて、その後、自然治癒などで、変形したまま骨がくっつき、歩行の異常や便秘などの後遺症に悩まされることもある。言うまでもないが、これらは外科手術で治療する。
犬のページでもふれたが、骨折の場合、折れた骨が皮膚をつきやぶって飛び出すと、折れた部分が外気にさらされて細菌感染をおこしやすくなる。
そうなれば、骨の内部にまで感染がひろがり、骨髄炎となって骨組織全体が壊死するおそれもある。
適切な治療が求められるのである。
また、術後、自宅で足裏を刺激したりするリハビリを行うことも大切だ。
ネコのケガには、ネコ同士のケンカにかかわることも少なくない。
屋外で、野良ネコたちとケンカして、傷つくと、皮下の傷口が細菌感染して、炎症をおこし、腫れ、膿んでくることがある(「膿瘍」という)。それが肉から骨に到れば、骨髄炎になりかねない。
屋外から帰ってくれば、ネコのからだをやさしくなで、さすり、ケガがないかどうかを確かめることも必要だ。
では、病気のほうはどうか。
最初にあげるべきは、足にできたがん(悪性腫瘍)が原因で、歩行困難になるケースである。犬やネコの足のがんでとくに多いのは、骨肉腫といわれるものだ(犬に多く、犬の骨にできるがんの85%といわれる)。
よくできるところは、前足なら足首の周辺か肩の近く、後足なら、膝周辺のモモやスネの骨である。おもに七、八歳ぐらいの老年期にめだってくる。老年期の犬やネコが足を引きずりだせば、まず疑うべきは、骨肉腫である。
この病気は、進行がとても速く、また、はげしい痛みをともなうために、犬やネコへの負担は非常に重い。
手でさわっただけで、飛び上がるほどの痛みを感じるので、歩けなくなるばかりでなく、痛みから食欲もなくなり、衰弱がはげしくなる。
これは犬の場合だが、骨肉腫は早い段階から肺などへ転移するため、外科手術しても、一年後の生存率は十%ほど、二年後なら二%ほどの難病だが、はげしい痛みをとりのぞくことを目的に、がんのできた足を切断する治療もよく行われている。早期発見・早期治療で少しでも痛みを軽減する方法をさぐることが大切だ。
原因は不明だが、犬では大型犬に多く、若いときに骨折をおこした部位に発症するケースもある。
ネコに特徴的な病気によって、足に影響を与えるものをいくつかあげる。
そのひとつは、発育期に十分な栄養、とくにカルシウムを摂取しなかったためにおこる病気である。
病名は、ふつうの人間には音読するのもむずかしい「上皮小体機能亢進症」という。
「上皮小体」とは、のどの甲状腺近くにある内分泌器官で、体内のカルシウムバランスをととのえるホルモンを分泌する。
だから、野良の子ネコなどが十分な栄養を摂れないと、この上皮小体の指令で、骨格を形作る骨からカルシウム分を溶かして血液中に放出し、栄養とする。結果、骨が薄くなったり、背骨が曲がってしまったりする。
あるいは、ネコに多い、心臓の筋肉の壁がぶあつくなる、「肥大性心筋症」が原因する場合もある。
この病気になると、心臓内に血の固まり(血栓)ができる。その血栓が動脈を通じて全身に運ばれ、後足の血管につまり、後足に血が通わなくなって、マヒをおこすこともある。
足の血管がつまりだすと、大変痛く、我慢強いネコでも、ギャーギャーとなきわめく。
要注意である。
成長期の子猫が栄養不良になると、骨格の発達が妨げられ、骨が弱く、曲がったり、折れたりしやすくなる。
それが「クル病」である(成猫の場合は「骨軟化症」という)。
通常、子猫は生後、母猫の母乳を飲んで育ち、離乳期以降、心身の発育に必要な栄養価の高いフードを食べてすくすくと育ち、生後10か月ぐらいで一定の骨格、体格を備えた若猫に成長する。
しかし、例えば野外で暮らす野良の母猫に育てられ、十分にお乳も飲めないままに離乳期を迎え、残飯など不十分な栄養の食べ物を不十分にしか食べずに育った子猫は、骨格形成に必要な栄養が不足してもおかしくない。
すると、手足の骨が細く、薄く、変形したり、背骨が曲がったりしやすくなる。
また、未発達な骨盤が大腿骨の圧力を受けて内側に曲がり、骨盤腔が狭くなれば、ひどい便秘に悩まされることもある。
さらに症状が悪化して手足や骨盤などが骨折すれば、動くことも、どこかで残飯などを食べることもできなくなる。
またカルシウムが不足すると、神経や筋肉の働きが低下し、体の衰弱がひどくなる。
以下、もう少し詳しく骨の形成とクル病発症のメカニズムについて考えてみる。
草食動物も肉食動物も、海生動物も陸生動物も、自らの骨格を形成し、さらに神経や筋肉を働かせるなど、生体の維持、発達に一定量のカルシウムを必要とする。
もっとも、カルシウムのほとんどが骨や歯となって蓄えられ、血液中に含まれるごく微量(動物の血中のカルシウム濃度は約10mg/dlといわれる)のカルシウムの約半分が自由に移動して、骨の形成や組織の重要な働きに関与している。
動物がいったん成長すれば、体内の維持に必要なカルシウムを摂取すればいいが、発育途上ならより多くのカルシウムが求められる(もちろん多過ぎてもだめで一定の割合であることが大切)。
しかし、栄養の質と量が不十分だと、骨形成に必要な量のカルシウムを確保できなくなる。
骨には、新しい骨をつくる骨芽細胞と古い骨を破壊する破骨細胞があり、それぞれの働きを行っている。
しかしカルシウムとリンの結合した「リン酸カルシウム」が不足すると、骨芽細胞のつくる軟らかい骨の元(類骨)が骨化(石灰化)せず、軟らかいままとなる。
またビタミンDが不足すると、骨芽細胞や破骨細胞の働きが低下して、骨の代謝が損なわれる。
同時に腎臓において、尿中に排出されたカルシウムをうまく回収できなくなる。あるいはリンを過剰に摂取して血中のリン濃度が増えれば、さらに骨からカルシウムを余分に吸収し、骨への石灰化を妨げることになる。
つまり、体内にカルシウムが不足したり、リンが増え過ぎたり、ビタミンDの合成がうまくできなかったりといった、いろんな栄養素の不足、アンバランスがクル病の背景に潜んでいるのである。
さらに問題がある。
体に必要なカルシウムが不足すると、甲状腺に付随する上皮小体(副甲状腺)の働きが活発になり、上皮小体ホルモンをたくさん分泌。骨格を形成する骨を過剰に吸収させてカルシウムを血中に補給する。
カルシウム不足の骨格がさらにカルシウム不足となって、骨がさらに弱く、薄くなっていくのである(上皮小体機能亢進症)。
このように、クル病は症状が出始めると、どんどん悪化していく病気である。
成長期の子猫のクル病、つまり骨格の形成異常が分かったら、すぐにバランスの取れた良質なフードを継続して食べさせていけば、骨はだんだんとしっかりしていく。
しかし子猫のカルシウム不足が何か月も続き、すでに手足や背骨、骨盤などの骨が変形したり折れたりしていれば、元の形に戻ることはない。
日常生活に不自由を感じるほどであれば、整形外科手術で治せるところは治したほうがいいだろう。
特に骨盤が変形して内側に曲がっていれば歩きにくいだけでなく、日々の排便に苦労し、ひどい便秘に悩まされかねない。
そんな場合は、内科的に便を軟らかくする薬剤を投与したり、それで便秘が解消しないのなら、変形した骨盤をいったん切断して、骨盤拡張プレートを装着するなどの骨盤拡張手術をする必要がある。
子猫の時、成長時期に合った栄養バランスのいいフードを与えていれば、ほとんどクル病になることはない。
大切なのは「栄養バランス」であり、カルシウムだけを増やせば、かえって体内のカルシウムを活用する機能が低下しかねない。
また先に述べたように、カルシウムが必要量含まれる食べ物でも、リンの割合が多過ぎると、骨への石灰化を妨げることになる。
体内ではカルシウムとリンはお互いが恒常性を保つ密接な関係にある。
通常、カルシウムとリンの割合は1対1、あるいは2対1程度といわれている。
例えば肉ばかりだと、カルシウム1に対してリン10ほどの割合となる。ごはんや魚の血合いなどもそうである。
偏食は要注意である。
骨の代謝、カルシウムの回収に役立つビタミンDの合成には紫外線が不可欠だが、たとえ室内飼いでもガラス窓からの太陽光を浴びる機会があればそれほど不足することはない。
ただしカルシウムやリンが不足している場合、紫外線不足でビタミンDの合成が不十分になれば、カルシウム不足が加速するといえるだろう。
さらに運動不足になると、カルシウムがうまく骨に定着しなくなりやすい。
家の中でよく子猫と遊んであげることも大切である。
太った猫が突然食べなくなる。
そんな時、飼い主が「やせるから、ちょうどいいかも」と思って様子を見ていると、肝臓に脂肪が蓄積する「脂肪肝」になって一気に肝機能が損なわれ、亡くなることもある。勝手な思い込みに頼ると、大変だ。
肝臓は、動物の生命維持に不可欠な、様々な働きを行っている。
その一つが、吸収された栄養素を処理し、貯蔵することだ。
例えば、エネルギー源となる糖分(グルコース=単糖類)を体中の細胞に分配したり、糖分の一部を非常用のエネルギー源となるグリコーゲン(多糖体)として蓄え、さらには、余分な糖分を体内の脂肪組織に送って、最も効率的な非常用エネルギー源・脂肪として蓄える。
余った脂肪分も体内の脂肪組織に蓄えさせる。
このほか、たんぱく質の残りカスである有害なアンモニアを尿素に変えて腎臓に送り出す。
体内に入った薬物や毒物を分解、解毒する。脂肪分から、食べ物として摂取する脂肪の消化・吸収を助ける胆汁をつくったり、余った脂肪分を体内の脂肪組織に蓄えさせる。血液の凝固物質をつくる、などだ。
そのような肝臓の働きが、突然、脂肪肝によって止まれば、栄養不足になるばかりか、有害物質が体中を循環して神経症状を示したり(肝性脳症)、体を酸化させ(後述のケトアシドーシス)、わずか数日で致命的になりかねない。
人の脂肪肝は栄養の摂り過ぎ、つまり食べ過ぎによって肝臓に脂肪が蓄積していくことに起因する。
一方、猫の場合は、突然“食べなくなる”ことによって体内の脂肪組織から脂肪分がどんどん分解され、それに何らかの要因が加わって、急激に肝臓内で脂肪が合成され、脂肪肝となる。
現在、猫がなぜ脂肪肝になるのか、はっきりとした原因は解明されていない。しかし、その要因はいくつか推測されている。
●インスリンの働きが低下する
体が必要とする以上に糖分や脂質を多く含んだ食べ物を食べていれば、体脂肪がどんどん増えていく。
そして、太っている猫は、血中の糖分を体の細胞内に押し入れる役割をするインスリン(膵臓内でつくられるホルモン)の働きが弱くなりやすい。
そうなれば、細胞は糖分(エネルギー)不足になる。
そこで脂肪の出番となる。脂肪組織に蓄えられた中性脂肪がグリセロールと脂肪酸に分解され、代替のエネルギー源となるわけだ。
インスリンの働きがもっと弱くなると、さらに脂肪組織中の中性脂肪の分解が促進される。
その時、使用されなかったグリセロールと脂肪酸が肝臓に運ばれ、肝臓内で脂肪に再合成されやすくなる。
●脂肪酸が増え過ぎる
もっとも、脂肪酸は体中の細胞内にあるミトコンドリアに取り込まれることでエネルギー源として利用されるため、順調に消費されていれば、それほど問題はない。
しかし、脂肪酸をミトコンドリア内に取り入れるのに必要な栄養素(カルニチン)が不足しがちの猫もいる。
そんな猫なら、脂肪酸が体内で消費されず、肝臓内にたくさん運ばれてしまい、脂肪肝の危険性が高くなっていく。
また、脂肪酸が増えると、ケトン体という物質に変わりやすくなる。
ケトン体は、脳などのエネルギー源となるが、増えると、血液が酸化して(ケトアシドーシス)、元気・食欲も喪失し、ひどくなれば昏睡状態になりかねない。
●コレステロールの循環が悪くなる
脂肪肝の要因として、食事中の、あるいは肝臓でつくられるコレステロールの問題も考えられている。
コレステロールは、消化酵素の一つで、肝臓でつくられる胆汁の成分である。
また、性ホルモンや副腎皮質ホルモンなどの原料でもあり、皮膚表層のケラチンの成分であり、神経や細胞膜の成分でもある。
そのため、常に肝臓から血管内を循環して体中で活用され、余分なものが肝臓に戻ってくる。
コレステロールはある種のリポたんぱく(たんぱく質と脂肪の複合体)に運ばれて、体の組織内に取り入れられる。
ところが、猫の栄養バランスが悪く、たんぱく質が不足すれば、コレステロールの運び役(リポたんぱく)も不足して、肝臓内にコレステロールがたまりやすくなる。
猫が絶食状態になると、特に太った猫の場合、これらの様々な要因が関係して、一挙に脂肪肝となる可能性が高いのである。
このように、炭水化物や脂肪の摂り過ぎ、たんぱく質不足などの栄養バランスの崩れ、肥満、カルニチンという栄養素不足などが脂肪肝の潜在要因となる。
しかし、直接的な引き金は、“食べない”ことによる、体の“飢餓感”である。
そのため、脂肪肝の治療は、猫にいかに食べさせるか、必要な栄養素を摂取させるかにかかってくる。
たとえ、猫の食欲がまったくなくても、食欲増進剤を与え、経口、点滴、食道や胃へ直接チューブを挿入したりして、必要な栄養素をひたすら与え続けていく。
そうすれば、二、三週間から一か月ほどで肝臓内の脂肪が分解され、また肝臓が正常な機能を取り戻すことができるようになる(現在、治癒率は六割以上)。
もっとも、肝臓が、たんぱく質の残りカスとなるアンモニアを尿素に変える機能を損なっていて、すでに脳神経症状が現れているようなら、必要なたんぱく質を補給しようとすれば、症状が悪化するばかりとなる。
なお、脂肪肝は肝臓内に脂肪が蓄積する病気で、血液検査では分からない。
直接、肝臓組織の一部を採取し、検査して確定する必要がある。超音波検査によっても、ある程度、推定することは可能だ。
脂肪肝の背景には、栄養バランスの崩れと肥満が潜んでいる。だから、子猫の時から、猫にとって必要な、バランスのいい栄養素を含んだ食事を与えることが大切だ。
猫は犬ほど炭水化物が必要ではないので、ビスケットなどの甘いおやつを与えないこと。
そして、一緒に遊ぶ機会を増やし、運動不足と肥満、ストレスがたまった状態にならないように気をつけることが大切だ。
普段から体を動かさないと、体は省エネモードになって、エネルギー消費量も減ってくる。特に避妊・去勢をしていれば、その分、エネルギー消費量も下がり、食欲が高まり、肥満傾向になりやすい。
さらに、室内飼いとなれば、猫たちも、無意識のうちに食事量や食事回数が増えやすく、飼い主も食べ物を与え過ぎてしまいがちである。
もし太ってしまった時は、体調管理に十分すぎるほど気を遣った方が良い。
しかし、無理なダイエットは危険である。